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仙台家庭裁判所 昭和45年(少)1045号 決定

少年 K・A(昭二七・一〇・二二生)

主文

少年を保護処分に付さない。

理由

(付審判事実の要旨-犯罪者予防更生法四二条の通告による。)

付審判事実の要旨は、

少年は、昭和四三年八月三〇日仙台家庭裁判所で、強盗致傷の非行事実にもとづき仙台保護観察所の保護観察に付され、以来保護観察中の者であるが、保護観察に付されて間もなくの同年九月初めごろから、セメダイン、ボンド等の接着剤などに含まれる揮発性有機溶剤(シンナー)の吸引を行なうようになり、昭和四四年九月末ころまでに少なくとも六回の吸引を警察官に発見され補導されるに及んで、同月三〇日上記保護観察所長の通告によりぐ犯として当裁判所の審判に付されたが、同年一一月七日前記保護観察の継続中であるため、更に新たな処分をしないこととして、不処分となつた。

しかし、その後もシンナーの吸引を続け、

(1)  昭和四四年一二月一八日、仙台市○○小路某墓地内において、

(2)  昭和四五年一月七日、仙台市○○小路○○寺内において、

(3)  同年一月二八日ころ、仙台市○○○丁○○院内において、

(4)  同年六月一五日、仙台市内○○○山において、および

(5)  同月一七日、仙台市○○○×の○自宅ベランダにおいて、

それぞれセメダイン・ボンド等に含まれる揮発性ガス(いわゆるシンナー)を吸引した。

少年は以上いずれの場合にも警察官の補導をうけ、かつ昭和四五年一月三一日には担当保護観察官の厳重な注意を受けながら、なおシンナーの吸引を上記のように続けていたものであつて、これらは自己の徳性を害する行為であり、かつ少年は将来罪を犯すおそれがある、

というのである。

(当裁判所の判断)

当審判廷における少年の供述、および一件記録によれば、上記(1)ないし(5)の事実をいずれも認めることができ、かつこれらは自己の徳性を害する行為であると認められるので、少年は少年法三条一項三号ニに該当する少年であるというべきである。

そこで、少年が将来罪を犯すおそれがあるか否かについて検討する。少年審判の目的に鑑み、将来罪を犯すおそれとは、単なる抽象的予見では足りず、放置しておけば近い将来において相当程度に具体的に予見されることが必要であるものと解される。ところで、シンナーの吸引は、それ自体では必ずしも犯罪行為を誘発する蓋然性の高い行為とはいえず、したがつて罪を犯すおそれについては、その程度、方法、少年の素質的、環境的情況を考慮したうえで具体的に決められる必要がある。

本件では、少年は、昭和四三年九月初めごろから、約一五回にわたつてシンナーの吸引で補導されており、経験則上、発見されないで終つた場合も少なくないのではないかと推測されるのであるが、少年は昭和四五年一月二八日補導をうけ、また担当保護観察官から強く注意をうけて以来、名取郡○○町の叔父H・J宅に下宿するようになつて、その監督をうけていた間、および実家に戻つてから再び同年六月一五日補導をうけるまでの四ヶ月余の期間、シンナーを吸引したことは一度もなかつたと強調し、その理由として仕事には休まず出かけており、仕事後は疲労のためシンナーへの誘惑を強く感じなかつたと述べ、六月一五日に再びシンナーの吸引を行なつたのは遅刻して出勤しづらくなり、そのまま怠休し時間をもてあましたためで、その後も何となく会社に行きづらくなつて欠勤を続け、ボンド遊びを行なつていたのであると述べており、これらは一応信用しうると思われる。つまり、最近においては少年のボンド遊びへの傾向は従前に比べ低下していたことを認めることができる。

また少年は、シンナー吸引時に暴力行為その他犯罪行為に及ぶ傾向が認められるものとはいえず、かつ少年がシンナーを吸引する動機、理由としては、時間をもてあました場合それを吸引することにより時間の経過が早く感じられるためであると述べており、むしろ弧独感や退屈をまぎらすための行動と認められる。

少年は、前件として傷害、窃盗、強盗致傷を犯しているが、いずれもシンナーの吸引を行なうようになる前の行動であり、かつ保護観察に付されることとなつた強盗致傷の事実も共犯少年に追随して行なつたものであり、以来、共犯少年ら犯罪的傾向のある友人とは交際を絶ち、比較的弧独な中にあつて、シンナーの吸引を除き特に問題行動もなく、平凡な市民としての生活を営んでいることが認められる。シンナーの吸引も少年が特別の例外を除き一人で行なつてきたのであつて、犯罪性の有無を問わず数人のグループで吸引したという事実は全く認められない。

少年は意志薄弱でシンナーの吸引への誘惑に負け易い性格を有し、それが少年の身体的精神的健康に悪影響を及ぼすおそれは存するが、以上の事実を総合的に考慮すれば、現在においては、このまま放置することによつて将来罪を犯すおそれがあるものとは未だ認めることができない。

よつて、本件付審判事実はこれを認めることができず、保護処分に付することができないので、少年法二三条二項を適用して、主文のとおり決定する。

なお少年は前記保護観察継続中であるので、それを通じて、少年の福祉のためにシンナーの吸引をやめさせるための適切な措置が、更に講ぜられることが望まれる。

(裁判官 小出錞一)

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